任せる・任される
- 2021年07月31日
- 社長ブログ
仕事を任される重圧って結構ある。オリンピック見てても、数々の国内はもとより海外で多数の試合を経験してても、自国開催での不特定多数の人の底知れぬ期待の重圧を、選手を見て感じ取れる場面が多い。試合後の表情から見て取れる。
仕事もプロスポーツもよく似ていて、ともに生活がかかっていること。任された仕事を全うすることに、すべてをかける。それは、信用・信頼・期待・名誉と収入を得るために。
任された人は、周りから期待という視線で常にみられる。それに気が付いている人とそうではない人では、先行き大きな開きが出るのは言うまでもない。一方、任した人は、心のどこかで不安の二文字がチラつく。任せた人が、唯一なる安心できる事は、その仕事に起きるであろう問題を、いつでも解決できるという自信に他ならないであろう。その自信を手に入れるために、日夜努力をしなくては、手に入らない。それは、監督指導する上席の立場の使命。
自信がないは、いずれやる気が出なくなり、かと言って仕事もしなくては生活できなくなる。そうすると潜む社員となって、余計に目立たないような行動に徹するそうです。
私は、結果ではなく過程が大事であると思っています。過程とは、自分なりの目標・目的に向かって「どういう努力したのか」です。それをすすめるには、気配り・目配り・心配りが必要です。
そういった努力と経験が、いずれ「責任」ということも知らず知らずに身をもって知ることになり、更に責任には権限が付与され、責任と権限を有する上司となるのです。
先ずは、具体的に行動!