東京都中央卸売 豊洲市場 青果仲卸

社長ブログ

365歩のマーチ♬


またまたコロナ問題で気づかされました。

ゼロから何かを立ち上げるってとても幸せってよく私は言っています。前にもエスカレーター逆走の話をしたのですが、他人事のように見ていた人は、実際にどうしたらいいのか分からなくなっているのではないでしょうか。

365歩のマーチです。「三歩進んで二歩下がる~」たった一歩しか進んでないっていう人は、ゼロスタートで始めたのではないかと思います。

私みたいにマイナススタートは、一歩でも前にと考え、三歩も進んだことに誇りに思い、結果、二歩失敗し下がってもこの進んだ一歩は、素晴らしいマイレジェンドの1ページと思うポジティヴ思考。できない理由を考えるより、少しでもマイナスを減らす努力。

毎日数社同じような悩みを打ち明けにきます。最近では、自宅まで来る人もいます。私は、幸せです。頼りにされる「信用と信頼」があることを。私にかかわる人だけが幸せになればいいと考える小さな人間ではありますが、自分の経験したことでしか語れないのでそれは「実践」でありあまりにも「リアル」。きっといい生きた参考書でしょう。

私は、常にヒントをあげ「自分で調べるように」と宿題をだします。それは、自分の力で調べることこそ「身につく勉強」であると思うからです。ヒントをもらい自分の力で考え、最後の仕上げで私の失敗例を聞けば、必ず前に進める。

さあ~コロナに負けるな!自分に負けるな!

仕入はモノだけではない


結局、このコロナ問題の中でも市場は自粛することなく、営業しています。

市場に訪れる人が極端に減る中でも、やる気のある得意先は、量販店のみならず外食得意先も来ています。

ある日のエピソード。モノを買わず、話だけして帰る人が多くなってきたときに、従業員から「商品買わないでなんでくるんですか?意味わからない」って。

なるほど、モノを買うのことだけが仕入と思っているんだと気づかされました。市場にプロがいなくなってきている現象のひとつ。

幸いにして私は話好きで、毎日来ても違う話ができる徳をもっており、話題も事欠かない。モノを買わない人の仕入は私のネタです。

きっとその得意先はそのネタでお客様を楽しませているでしょう。美味しいものをよりおいしくさせる会話。その会話のネタを仕入れる。

仕入は、モノだけではない

いくら美味しいものを作っても、次そこへ行くとは限らない。お客様がまた行きたいと思う「味プラス店の雰囲気」それが一番大事。

やる気でやってる?仕事


このコロナ問題で、仕事のモティベーション保つのが大変。従業員も同様だと思っていて、しかし、いずれこのコロナ問題も徐々に解決していくと仮定したとき、いきなりは動けない。

この状況で少しずつでもスキルアップを図るように、勉強(得意先への連絡・販売データの調査など)よく考えれば限りなく仕事はある。

向上心があれば、この暇なときに充電(勉強)していた人がいずれ突き抜けてくるだろうと思います。こんなチャンスはめったにない。

しかしながら「働かされてる感」で仕事をしている人に向上心などない。大概は、自分で限界を作り「できない理由を探し」、権利を主張するのみ。

仕事を追っている人は、「仕事の美学」を求め、常に達成感をもっていて、ある意味で一日の終わりが存在していない。イメージが沸々と沸き上がり、夢と現実が錯誤する。仕事に夢を作ることができるようになる。

こんな日々だからこそ、スキルアップを目指せ!

都知事選・・まさか・・


もうじき都知事選挙。政治にはあまり興味なかったけど、国もこれだけいい加減(子供でもつかない嘘)になると、単なる一票されど一票の自分の意志を伝えたいよね。

前回の都知事選は、築地移転が争点。現役知事は、継続的思考がないらしく、我々は多くの犠牲を払って移転し、そのあとの軌道に乗り始めたらコロナ。本当は、嘘でも豊洲市場の更なる支援などの築地に温かい発言が必要だと思うんです。

なんたって公約ゼロ達成ですからね。カタカナ交えてスマートな発言の数々。生活者は現実。夢の2週間のために多くの市場関係者が泣き、その痛み分かってないよね。

国と都のツープラトン攻撃では、庶民はかなわない。

いい都知事、民をわかる知事を都民は選んでほしいものです。

自分との闘い


コロナ問題でよく見えたことが多かった気がします。みんながピンチの時に、どう行動したかです。行動は、嘘をつけません。

みんなは一体このピンチの時になにをしたのでしょうか。

こんな時でも遊んで時間をつぶせる人、自粛だから他人が口出すことではないが、仮に人に迷惑をかけた場合は責任は取らねばなるまい。

自粛ポリスなるものが街中に現れ、自粛の意味すら分からなくなって罵声を浴びさせる。行き過ぎともとれるが、あれもこれも日本人特有のグレーゾーンで起きた出来事。

でもすごいよね日本人。自粛でここまでできて。

日本人は、自分との闘いに強いって自信持った方がいい。耐え忍ぶ力をバネにできるのが日本人。

自分に言い聞かせよう、負けない事、逃げ出さない事、投げ出さない事

巻き込まれない強い自分


コロナ問題で、ストレスが皆マックス!冷静さを失いかけている部分も。この機会をチャンスと捉え動くのか、その場しのぎの思い付きで動くのか。いずれにせよ以前と違う行動をとっているのは確か。だったらはじめっからやれよって思うんだよね。やれるなら。

そんな思い付きで動く連中に巻き込まれたら大変。全く将来を見ずに動いているから。その場しのぎ。そんなに世の中うまくいくもんじゃないと思う。真似事はできるけど所詮真似事。すぐに化けの皮がはがれると思う。

政府批判はしたくないけど、電通との茶番。750億円。マスクで460億円。インチキギリギリをやってる。きっと民間も同じようなことやってると思う。

いいことも悪いことも最後に決断し行動するのは自分。ただし、他人のせいで巻き込まれるのは御免だ。そうなると巻き込まれない距離感が必要だ。

「ソーシャルディスタンス」コロナ問題で勉強になった言葉。人の付き合い方もそれがより一層必要になった時代だと思う。

人と距離を取ることは、巻き込まれないシッカリとした自分が必要になる。目標をもってそれに向かっていれば、自分なりのシッカリとした自分が、できるのではないかと思います。

コロナ問題でいろいろ学ばされます。


よく見えた


誰も経験していないこのコロナ問題。日本中自粛。その時、みんなは何を考えたのでしょうか。

弁当作ったりギフト販売したり、インターネットで販売したりなどなど思いつくことをやって、食いつなぎをしている。不特定多数をターゲットにしているところは休業はもとより閉店の話も聞く。

当社の得意先では、一軒のみ撤退で閉店はなかった。常日頃の信用度は、このコロナ問題が教えてくれたような気がする。

この危機で、社員も得意先もそして周辺の人もモノも、、、よく見えた。この誰も知りえない事態にどう行動したのか。

人は行動・言動。モノは活用。よく見えた。

よく見えたら・・さあ行動!


解釈次第とはいえ・・


このコロナウィルスの影響は、別な側面でみると解釈次第っていうようなグレーな指示が出ると困る。都知事は「8割の接触回避」を言ってるわけだが、東京都の職員の中には、自分の役割を周りの状況を考えずに実行する者がいる。

今回の実際に起きている実例だが、豊洲市場は閉鎖型の市場が特徴。当然空調は大事なものであり、そのメンテナンスは欠かせないもの。

コロナウィルスが話題になったときにすぐさま豊洲市場がやり玉に挙がった。閉鎖型だから。それ以降豊洲市場に従事するすべての人は、衛生に今まで以上に気を使い対策をしています。風評が出たら終わりだという暗黙の心構えをもって。

さて、こんな中メンテナンスの話があった。東京都職員の設備課は、それを指示することが仕事である。いつ決めたのかは知らぬが、それを実行する。

それが「今」なのか。緊急事態宣言を出している時に、密集型市場仲卸の空調メンテナンスを「今することなのか」

大概の仲卸はやらなくてはならないと思い込んでて、そのメンテナンスをする人、モノは危険がゼロではないことを気づかずにいる。

この東京都職員の無責任さに失望した。彼らに忠告もした。なぜ、少しでももしもの事を考えられないのかと。

ただただ豊洲市場から患者が出ない事だけを祈るばかりです。

伝統を知って事を興す


市場には「伝統」というものがあります。それは、長年にわたり先輩方が築き上げたモノがあり、それが時代とともに変化して今日に至っています。

豊洲市場の歴史は築地で培った集大成ともいうべきものでなくてはなりません。世界で唯一なる有名な築地市場を背負ってのことですから。

市場は、大卸という卸売会社があり、仲卸はともにその運命共同体として、活性に向けた努力「荷の調整・価格の調整」をしています。築地の場合は、さらに小売商、買い出し人が多数より合い市場活性の役割を担っております。

しかしながら、荷受会社がこの伝統という教育を次世代の社員に充分していないとしたらどうなるでしょうか。仲卸はもとより生産者までも信頼のおけない相手になってしまうのではないでしょうか。

市場外流通が増える中で、市場が持つ伝統の流通と大きく分けてこの2本柱において、日本の食の豊かさが生まれていると言っても過言ではないと思います。

ただ売れればいいという考え方、市場流通を自ら破壊することになる伝統教育を怠ることに危険を感じています。

西太格言~時間は寿命~


こんな世の中だからこそ人と人のつながり「絆」「義」「恩」などの言葉が多く目についたり聞こえたりしています。なんでも活字にしてしまっている今日この頃。とても便利な反面その時の感情などが分かりずらい。詐欺などをやる人にとっては好都合だけど・・。

さて、今回は西太の格言である「時間は寿命」についてはなしたいと思います。これは、私が聖路加病院の名誉院長であった故日野原先生から刺激を受けたことから、関わる人に伝えております。

故日野原先生は、末期がん患者と問診を欠かさずやっていた時に「あなたの残りの寿命を私にください。私もあなたに寿命をさしあげます」と。患者との「時間の共有こそ寿命の使い合い」なのです。

そう時間は寿命とも言えるのです。

時間は、戻すことができません。人は生まれてから死へのカウントダウンを時間というもので測ったりもします。

人と人の出会い、動物も含め命と命の出会い、それは二度と戻らない時間の共有です。まず時間は寿命であるということをシッカリと頭に入れておくと、会話にも重みが出てくるのではないでしょうか。