市場って名前よりも「顔」がすべて。毎日同じ時間で同じ顔見てて、信じられないけど「顔知ってて名前知らず」「呼び名は知れどフルネーム分からず」など、いつも顔を合わせているから分からなくても「彼は○○の店の若い衆」「○○店の社長」で事が済んでしまう。だから村社会。よそ者はすぐに分かる。
そんな顔見知りだけの親しき仲と見えてても、市場人は村人ゆえ、礼儀などはキチンとできているところがすごい。
市場では、親しき仲でも礼儀が出来ているからこそ、顔の信用関係が成立している。
ここのところ礼儀知らずの恩知らずの話をよく耳にします。ひとりでは事を動かせないのが世の中。礼儀の気配りは怠らないようにしましょう。
「人脈」こんな言葉最近耳にしなくなったきがします。出会いは偶然ではなく必然と思えるような事が次々と起こって。
とある知り合いと食事していた時、その方が弊社取引先が常連だったり、共通の知り合いがいたりと、点が線となり円になっていく人脈。この年になると人脈って凄いパワーの源ってつくづく感じました。
駆け出しのころ、人脈のない私は、友人を頼りジャンルに関係なく名刺を配っていた時代がありました。何でかって?その当時市場での人脈がなく、自社も規模が小さく、何するにも委縮していました。でも、市場外であれば、仲卸も八百屋さん(小売り)って思っている人が大半なので、野菜のご用命があれば是非当社へお問い合わせください!ってな具合でいろんなところへ出向き、名刺を巻きまくりました。そのかいあって、初めての人に会うのが怖くなくなり、今持ちえる知識で何とかつながることができる能力を身に付けました。
その積み重ねのかいあって、商いがお陰様で成り立っております。
人と会おうとか会う機会があれば、決して時間の無駄ではない。たとえつながらなくても何か自分のプラスになるはずです。さあ~懲りずに人脈作りに気合いいれろー!
頑張ってる自分に褒めてあげたことある?自分を客観視して見て。スポーツではよく「自分との戦い」なんてよく聞くけど、それはスポーツに限らないと思う。「継続は力なり」ってなんで刺さる言葉なんでしょうか。それは、ほとんどの人が継続できず自分の弱さに負けて止めてしまう。その時の自分は「できない理由を探して」勝手に自分に説得して肯定する。継続できなかった理由を、自分なりにできない理由で解決する。それは決していい結果にならず、その言い訳が自分だけでなく他人にも「できない理由」の説明をする。到底他人には見え透いた「言い訳」でしかならない。
自分の弱さ、自分との戦いを常に強いている人は「どうしたら出来るだろう」と考える。それでできなければ、他人の理解を得る説明ができる。それは努力をしているから。
できても、できなくても自分との戦いをしたら勝ち負けに関係なく自分を褒めてあげよう。自分が一番の強敵だから。自分は自分を一番よく知っているから。
自分なりに自分を褒めてあげられるような行動をさあ~今からやろう!
ずっとブログをさぼっていまして、優しいお叱りを受けてやる気モードにスイッチ!
『努力は自信の源』
努力したことそれは失敗したことの積み重ね。失敗が多ければ多いほど努力が報われ自信となる。当然失敗した事を「二度と繰り返さない」のが条件だけど。
自信は失敗の積み重ねで、その行動を努力というものだと思っています。いっぱい失敗を積み重ねていくうちに、失敗が当然なくなるんです。
最後にしつこいけど、失敗したことは二度と繰り返さない事だけは忘れてはいけない。それは信用を無くすという事につながるから。
さあ~二度としない失敗をいっぱいしよう!!!
明けましておめでとうございます。兎年は、跳ねる年などと言いますが、コロナと国際情勢の影響でヨッシャーっていう気になれないではないでしょうか。
そんな中でも前むきになれる刺さる有名人の言葉を見つけました






どうでしょうか!
今年も面(ツラ)あげて、面白いと思う仕事をしましょう。
ここのところよく耳にするのが「最近の男子は、女々しい」って。喧嘩が強いとかではなく、「真の強さ」を言っているようです。
そういえば市場でも女性の進出がめだち、得意先のシェフも女性が目立ってきています。彼女らが口揃えて女々しい男が増えたと言っています。
決断力・行動力・包容力これが男の基本ですが、どうやら女性が身に付けてきたようです。
女性シェフと相対すればするほどその真の強さを感じます。
男女問わず「真の強さ・らしさ」を身に付けるよう、努力しよう。
久しぶりにブログ更新!最近は、もっぱらインスタで遊んでいて、楽しさ→興味に結びつけようと頑張っていますが、若者には勝てないな~って実感しています。
さて、最近権利主張して義務怠る人がふえてるな~って実感しています。仕事の考え方が変わってきたというより、我々経営者のスタンスが変わっていないことが悲しい結果を生んでいるように思えます。
会社は、社員と社員が関わってひとつの法人を動かしています。自分の役割・役目を全うすることで、コミュニケーションも円滑になり業績にもそれが反映されます。それが義務のひとつ。
個人が個人の利益・得などを優先して、周りに負担や迷惑をかけることは、絶対にやってはいけない。個人と法人のスタンスは、公私として別に考えなければならない。これも義務のひとつ。
公私の境をなるたけ薄くしてきた当社。ドライに物事を考えなくてはならないときが来たのかと、悲しい思いがこみ上げてくるのは、もう還暦になったせいでしょうか。
権利は、法律で守られている。自分に非はないのか、権利を主張する前に、常識ある人に聞くのもいいように思えます。自分の判断は、時に友人・知人を失い、取返しのつかない孤独に打ちひしがれることも。
こういう時代だからこそ、コミュニケーション。
さあー前むいてがんばろー!
しばらく更新していなくてすみません。「まさか」の事態に陥ってしまい、すっかりリズムを狂わせられました。その犯人は、コロナ。人生10日間家にじっとしていたことがなかったもんで、その有り余る時間と熱と倦怠感をどう克服するかが、最大のテーマになりました。まさかという坂は突然現れ、転げ落ちそうになります。そのまさかのために、未来の短中長期の危機管理を忘れてはいけないと、つくづく思いました。予想・想定・それに伴う防衛などをしていないと、混乱し誤った道に進んでしまうことも、ないとは限らないとおもいます。
「まさか」とは油断した時こそ起きたりします。起きないと思って放置した結果ともいえます。過剰になる必要はないけれど、「もしも」と思いつたリスクに関しては、必ず対策を取っておく必要があるほど、今の時代の流れは早くそして予測不可能なことが起きています。
大国が侵略戦争を起こしたり、コロナが世界を恐怖に陥れたり、世界・有識者が想定できないことも多々ありますが、自分の歩む人生においての「まさか」に対する対策だけは、自衛のため注意をはらうクセをつけておくことが、まさかの坂を転げ落ちない一つの方法ではないでしょうか。
このコロナ禍でいろいろ生活習慣に変化がみられています。テレワークなるものが定着する中で、出社が出張扱いにする企業すら現れてきた。世の中の風潮としては、決してありえないことではないと思う。
我々の業界では、人と接することを無視できないと思っていましたが、ニーズがそれでいいとなってきている様子がうかがえ、複雑な気持ちになっております。
さて、そういった環境の中、不労収益を得るという人たちがいます。テレワークなどは立派な仕事。しかしながら、テレワーク風っての中に、詐欺やマルチ商法など不労収益得る人たちがいる。一瞬合法的に見える、いや合法的にやる言わば法の網をくぐる商法が存在する。恥ずかしながら私もその手中にハマった経験がある。そこで、やり方の一部を紹介しよう。
ターゲット:①一髪千鈞を狙う人②友達が少ない③多少のおカネはあってもっと増やしたいと思っている人④楽しい事珍しい事を優先する人⑤トレンドにわき見も振らず飛び込む人⑥批判的意見を言ってくれる人が少ない人⑦視野が狭い人⑧趣味がなく時間を持て余している人 などが主にターゲット。
商法:先ずいきなりその商売の話はしない。コミュニケーションを重視し、仲間意識を定着させる。楽しくてかつゴージャスに。羨ましいという心理を沸かせる。信用が付いたところで、個人レベルのお祝いやプレゼントを理由をつけてあげる。もらった人にお世話になったという気持ちにさせる。信用が付いたと思ったら、今度はパーティや集まりに誘う。もちろんゴージャス・楽しいパーティ。そこで知り合う人はすべて理解がある人達。それはそうです。同じ目的上にいるのだから。そこまでいくと自分は友達ができたと勘違いする。幾度かその集まりやパーティに出ているうちに、友達モドキ・ハマっている仲間からその商売をしないかと勧められる。自分一人だけやっていないことに負い目を感じ、ちょっとだけとその商法上にハマってしまう。自分の損得は別に、今度は自分の周りの人を引きずりこむ。
友達から友達へその輪が広がるマルチ商法やねずみ講。友達?親友?知り合い?その付き合う度合いが、ネットの付き合いばかりしているから、分からなくなる。生身の人との付き合いとなると全くの無防備。利害関係のない学生時代の感覚に覚醒される。マインドコントロール・洗脳はこうしてなされていく。
優しさは誰でもすることができる。思いやりは誰でもできない。自分に厳しく言ってくれて、いざという時に行動してくれる人。そんな人と出会えるように、自分も気配り・目配り・心配りを忘れぬように周りをある程度意識するのがいいのではないでしょうか。
父は、築地市場でただひたすら信用を得るために、一日、一週間と努力に努力を重ねてきました。名前こそ残らないアイディアを出し、今日の流通に役立っています。一つだけ欠けていたものそれは「人脈作り」。唯一なる父から伝承できなかったものです。
父の人脈は、アドバイスは頂けても支援はしてくれなかった。きっとそれは私が考える人脈とは違ったものでした。自分のウィークポイントを知っている父は、京都に私を出した際に、「いっぱい知り合いを作れ」「そして人脈作りのきっかけを作れ」と。
人見知りをしない私は、難なくいっぱいの知り合いを作りました。しかし、人脈と言えるものではありませんでした。縁をやたらに切らない私は、時代の流れとともに友人が立派な人脈に変化していったことに気づきました。
幾度か失敗をした経験で、この年になって、人脈作りとは信用・信頼は当たり前で、その人と知り合う「きっかけ」や「紹介」など中間に入った人の顔をつぶさないように、気配りをすることに尽きることを知りました。
人脈作りは、信用・信頼・時間やおカネなど、長期にわたるコストがかかってできるものであり、紹介をする側にとっては財産なのです。
財産というとどうしてもおカネや不動産などに注目しがちですが、実はそれらも人脈によって作られます。自らの努力は勿論の事、運を味方につけ、人と知り合い、粛々と信用信頼を積み上げ、人脈を作る。
人脈こそ本当の財産と、わかる時が必ず来るような人間になるよう頑張りましょう。